すぐそばの彼方

 白石一文『すぐそばの彼方』読了。


 次期首相の本命と目される大物代議士を父に持つ柴田龍彦。彼は四年前に起こした不祥事の結果、精神に失調をきたし、父の秘書を務めながらも、日々の生活費にさえ事欠く不遇な状況にあった。父の総裁選出馬を契機に、政界の深部に呑み込まれていく彼は、徐々に自分を取り戻し始めるが…。


 『すぐそばの…』は政治、金と権力と理想のことをを大きく扱っている。現実をなぞった設定や、著者の文芸春秋社勤務の経験が、物語に確かなリアリティーを与える。
 政治についての描写は、華々しさ、重さ、光の感触を小説に添える。
 しかし、白石の眼目はそこにはない。それは、冒頭の“駅”についての考察と、結末を考え合わせれば、明瞭だろう。著者は次のように書き起こす。
「駅というのは不思議なものだ。表と裏があってきまって片側だけが開けている。いかに賑やかな街であっても駅裏というのは妙に寂しく精彩がない。」
 主人公は、その“駅”の表をのぞいた後に、裏手へ回り、愛人のアパートへと向かう。
 表から裏へ。


 白石は、いつもエリートを主人公に据える。彼らは、内面的に(ときには外面的にも)崩れてはいるが、しかし水際立った才能として描かれる。これを著者自身の経歴、経験から読み解く向きもあるが、しかしそれだけではないだろう。光のうちに立つ者、彼らの、暗夜を彷徨うような暗い熱量。明と暗とのへだたり。それこそが、白石のもっているアーキタイプであり、それ故に、物語がいつもエリートを要請するのではないか。


 『すぐそばの…』では、社会上層のパワーゲームが強く印象づけられる。この点で、白石のもつ素養が分かりやすく現れているように思う。しかし、そこからのへだたりという点では、やや物足りないような気がする。デビュー作『一瞬の光』は、著者の幾つかの欠点を押し退けて、僕を強く撃ったが、本作は、そのような深みには達していないと思う。


すぐそばの彼方 (角川文庫)

すぐそばの彼方 (角川文庫)