岡崎地域活性化の10年と少し

 岡崎地域は、京都市の都市部と東山山麓の間に位置するエリアだ。

 平安神宮南禅寺等の寺社をはじめ、京都国立近代美術館京都府立図書館等の文化施設、琵琶湖疎水沿いの四季折々の風景を楽しむことができる。

 岡崎地域は、平安時代末期に、院政が執り行われた白河殿のほか、法勝寺をはじめとする六つの寺院(六勝寺)が造営されたが、それらは鎌倉時代にかけて焼失し、その後は長らく農村が広がっていたようだ。

 近代に入って、この地域には再び脚光が当たる。

 東京奠都により京都が衰微する中、殖産興業策の一環として、琵琶湖疏水が計画され、水力発電によって電力が供給された。

 明治28年(1895)には、工業都市としての発展や京都の文化をアピールするため、政府主催の内国勧業博覧会と、平安遷都1100年紀念祭が同時開催された。博覧会会場には、紀念祭の象徴として平安神宮(社殿は平安京大内裏の朝堂院を模し、実物の8分の5の規模で復元)が創建され、奉祝の行事として時代祭が実施された。

 博覧会跡地には、岡崎公園が開設し、図書館や勧業館、公会堂(大正天皇の即位大礼時に、二条城内に建築された饗宴場・舞楽場を移築されたもの)、美術館等の様々な施設が建てられ、文化ゾーンを形成していった。また、周辺の東山山麓では、風致保全と合わせた別荘地の開発が進み、疏水の水を活用した庭園群が形成された。

 戦後には、国際文化観光都市を標榜して昭和35年(1960)に京都会館が建設され、文化交流ゾーンとしての地位が確立された。

 

 京都市では、平成23年(2011)頃から10年程をかけて岡崎地域の活性化に取り組んできた。

 10年前には昭和に整備された施設の多くが老朽化し、極めて落ち着いた(有り体に言えばどこか打ち捨てられたような)エリアで、特に公共施設閉館後の夜間は寂しい状況となっていたが、近年の活況振りは目を見張るようだ。

 市の施策を時系列で記すと、大略以下のようになる。

 2009年11月 共汗でつくる新「京都市動物園構想」 策定

 2011年5月 岡崎地域活性化ビジョン 策定

 2011年6月 京都会館再整備基本計画 策定

 2011年7月 京都岡崎魅力づくり推進協議会 設立

 2015年3月 京都市美術館再整備基本計画 策定

 2015年8月 神宮道と岡崎公園の再整備(岡崎プロムナード) 完成

 2015年10月 京都市動物園 グランドオープン

 2015年10月 「京都岡崎の文化的景観重要文化的景観に選定

 2016年4月 無鄰菴 指定管理者制度導入

 2016年1月 ロームシアター京都(京都会館) 開館

 2020年2月 京都伝統産業ミュージアム リニューアルオープン

 2020年5月 京都市京セラ美術館(京都市美術館) 開館

 2020年6月 「京都と大津を繋ぐ希望の水路 琵琶湖疏水」 日本遺産認定

 

 これらの中で、特に起爆剤となったのは、平成27年(2015)10月の岡崎プロムナード完成と、平成28年(2016)1月のロームシアター京都の開館であろう。

 以前は車道であった神宮道が歩行者専用化され、ロームシアター京都の中庭(ローム・スクエア)及びパークプラザ(蔦屋書店等が入居)と一体化して、大きな“広場”が形成された。これによって、人の流れが見違えるように変わった。

 その後、令和2年(2020)5月の京都市京セラ美術館開館によって、一連の施策はほぼ完成に至ったと思われる。青木淳・西澤徹夫による美しい建築、充実した企画展、豊かなコレクションの常設によって、美術館は息を吹き返し、毎週末多くの人が訪れる活力のある館になった。

 

 また、岡崎地域活性化の推進について、多様な行政リソースが絡み合っている点も非常に興味深い。

 博物館(美術館や動物園)、劇場の再整備といった文化振興の分野、文化的景観や文化財公開施設(無鄰菴)といった文化財保護の領域はもちろん、区役所、公園や産業の担当課、更には上下水道局までが参画して、一連の施策を進めてきた。

 様々な部署が、様々な文脈で、何度も何度も彫琢した結果が、現在の岡崎地域の状況を生んでいるのであり、この総合性は注目に値する。

 

 なお、これらの施策には様々な副作用もあった/あると思う。

 京都会館京都市美術館も、その再整備に当たって様々な批判があったことは、まだ記憶に新しい。前川國男文化財級の建築の改変、高さ制限の変更、公共施設への企業名の導入、彫刻の撤去、財政の圧迫などなど、議論の的になったトピックは多数挙げられる。(京都会館を巡る議論についてはブログ「I Love Kyoto Kaikan」が詳しい。)

 ここで詳細を論じる余裕はないが、いずれ歴史の波に洗われ、一々の功罪が明らかになるだろう。(少なくとも、今、私には、ロームシアター京都や京都市京セラ美術館が、京都の文化の振興に寄与していると信ぜられる。)

 

 さて、一連の岡崎活性化の掉尾を飾ると思われるのは、琵琶湖疏水である。

 疏水は、岡崎地域を南東から北西へ貫き、このエリアの景観の骨格を成している。歴史的にも、京都の近代史の起点となっており、京都市の小学生なら必ず習う必修事項である。疏水は、京都に電気をもたらした点でも重要であり(この電力は、電気鉄道を開通させ、映画産業を勃興させた)、また沿線の庭園群に水が引かれるなど、様々な文化を二次的、三次的に興隆させてもいる。

 岡崎地域の活性化において、この親水空間を楽しみ、歴史を掘り下げる事業は、まさに画竜点睛のものとなるだろう。

 令和2年(2020)6月に「京都と大津を繋ぐ希望の水路 琵琶湖疏水~舟に乗り、歩いて触れる明治のひととき」が日本遺産に認定され、また、同年11月には、文化観光推進法に基づき「琵琶湖疏水記念館を中核とする文化観光拠点計画」が認定された。令和2年(2020)から令和6年(2024)にかけて、総額9億59百万円規模(うち3分の2程度が文化庁補助金と思われる。)の施策が進められているところだ。

 既に情報発信の質が明らかに向上しており、琵琶湖疏水記念館のハード面の整備も含め、今後の展開が期待される。

 ・日本遺産 琵琶湖疏水

 ・琵琶湖疏水記念館

 ・びわ湖疏水船