ブラフマンの埋葬
小川洋子『ブラフマンの埋葬』読了。
ある出版社の社長の遺言によって、あらゆる種類の創作活動に励む芸術家に仕事場を提供している<創作者の家>。その家を世話する僕の元にブラフマンはやってきた。サンスクリット語で「謎」を意味する名前を与えられた、愛すべき生き物と触れ合い、見守りつづけたひと夏の物語…。
本作の、核となる仕掛けは、ブラフマンが何ものか、書かれていないという点であろう。一見、犬、ないしはそれに近い小動物のように読めるが、少しずつはぐらかされ、確かなところはよく分からない。
同時に、登場人物たちにも名前がない。周囲の状況も限定的にしか書かれていない。ほんの少しの、不穏。仮に、これは戦時中の話だと言われても、僕には納得される。
名前のないこと、状況が書かれないこと。これらは、ややもすると、描き込まれていない片手間のペイントのように、物語を平板なものにしてしまう。しかし、『ブラフマンの埋葬』においては、それはある種の幻想を行間に立ち上がらせ得ている。
ブラフマンは、朝方の夢の、妙なリアリティを思い出させる。
- 作者: 小川洋子
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2007/04/13
- メディア: 文庫
- クリック: 12回
- この商品を含むブログ (91件) を見る