ブラフマンの埋葬

 小川洋子ブラフマンの埋葬』読了。


 ある出版社の社長の遺言によって、あらゆる種類の創作活動に励む芸術家に仕事場を提供している<創作者の家>。その家を世話する僕の元にブラフマンはやってきた。サンスクリット語で「謎」を意味する名前を与えられた、愛すべき生き物と触れ合い、見守りつづけたひと夏の物語…。


 本作の、核となる仕掛けは、ブラフマンが何ものか、書かれていないという点であろう。一見、犬、ないしはそれに近い小動物のように読めるが、少しずつはぐらかされ、確かなところはよく分からない。
 同時に、登場人物たちにも名前がない。周囲の状況も限定的にしか書かれていない。ほんの少しの、不穏。仮に、これは戦時中の話だと言われても、僕には納得される。


 名前のないこと、状況が書かれないこと。これらは、ややもすると、描き込まれていない片手間のペイントのように、物語を平板なものにしてしまう。しかし、『ブラフマンの埋葬』においては、それはある種の幻想を行間に立ち上がらせ得ている。
 ブラフマンは、朝方の夢の、妙なリアリティを思い出させる。


ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)

ブラフマンの埋葬 (講談社文庫)