停電の夜に

 ジュンパ・ラヒリ『停電の夜に』読了。


 毎夜一時間の停電の夜に、ロウソクの灯りのもとで隠し事を打ち明けあう若夫婦…。夫婦、家族など親しい関係の中に存在する亀裂をみずみずしい感性と端麗な文章で表す九編。ピュリッツアー賞など各賞を総なめにした、インド系新人作家の鮮烈なデビュー短編集。


 最初の一編、表題作『停電の夜に』を読み、本を置く。スッと冷え始める秋口のような肌触り。


 「人の、悲しみや喜びはさしたることもない。温かいコーヒーや、身体の疲れや、意味のない隻句で如何様にも変わり得る。運命的に伏流するそのような感情を捉まえて、我々は無闇に泣き笑いをする。それはそれだけのことだ」という風に考えていると、過日、酷く怒られた。それは、この考えが、“真実”を志向した言葉遣いでできているからだ。
 あなたが恋人に「仕事と私がのどちらが大事なのか」という差し迫った問いを投げかけられたとしよう。もしもあなたが「君も大事だが、仕事も大事で、それは優劣つけがたい。二つはは違う論理に属している」などと答えようものなら、事態は悪化するだけだろう。それは、この問いが“愛”を志向しているからだ。愛をメディアとする言葉には、同様に愛のメディアで応えなければならない。あなたは「君が大事に決まっている」と決然と答えねばならない。
 『停電の夜に』は、そのような言葉遣いのあわいを、細かに表してみせる。


 本を置き、外を伺う。遠くから色々な音が聞こえ、開けた窓からは冷たい空気が流れてくる。このような感情を知って随分になるが、未だに慣れるということがない。ただのさしたることもない悲しみが、僕のところにやってくる。

停電の夜に (新潮文庫)

停電の夜に (新潮文庫)