洞窟

 洞窟の話を聞く。


 洞窟は水に支配されているという。
 洞窟が形成される理由は幾つかあるが、最もポピュラーなものの一つは、石灰岩が、二酸化炭素を含む弱酸性の水で浸食されてできるというものだ。水に溶ける箇所が、水の物理的な性質に従って、洞窟になる。象徴的に言うならば、洞窟の通路は、水の奔流の痕跡なのである。
 洞窟の構造を取り出してみると、それはほとんど血管や神経網のように見える。


 洞窟は、人工衛星でもその全貌を捉えることができない。少しずつ様々な技術は開発されているが、今のところ、「そこに行ってみないと分からない」世界なのである。
 世界中で多くの者が洞窟の計測に取り組んでいる。ポイントごとにある種のデータを揃え、三角関数を使うことで、その三次元的な構造を解析していくのである。洞窟は完全な暗闇である。足場も悪い。時には水に潜り絶壁をクリアすることでしか奥に進めない。洞窟の計測は、もちろん気の遠くなるような作業である。
 総延長世界一の洞窟は、アメリカのマンモス・ケイブ・システムである。総延長は590kmを超える。長い年月をかけ、幾つものチームにより集められたデータを集積することで、そのシステムを少しずつ解き明かしていったのだ。その営為は、ほとんど感動を呼ぶ。
 ちなみに、世界最大の空洞は、マレーシアのサラワク・チャンバーである。ジャンボ機が7台収容できる程の大きさだそうで、通常の灯りでは、全く洞内の壁面を捉えることができないという。宇宙に浮かぶ程の漆黒を、茫々と感じられるのではないかと空想する。


 洞窟では、天候が非常に安定している。洞内は、その土地の平均気温に近い温度で一定しており、当然、雨も降らないし、雷も生じない。外界が大嵐であったとしても、ケイビングに影響は生じない。
 また、自然が気の遠くなるような時間をかけて構成しただけに、構造力学的にも非常に安定している。地震が起きても、洞窟の構造は大地ごと揺れるので、その表面に居るよりも余程安定している。自然崩落に遭遇することはほとんどない。
 外界との往来がないため、場所によっては数千万年環境が変わることがない。そのような洞窟に人間が侵入するには、一定の敬虔さが必要になる。そこからは、写真以外、何もとってはならない。そこには、足跡以外、何も残してはならない。そこでは、時間以外、何も殺してはならない。


 洞窟にも生物が棲んでいる。
 まず目につくのは蝙蝠である。洞窟の環境はそれ自体で完結したものなので、ガラパゴスのように、独立した特異なものであると言える。従って、洞窟に棲む蝙蝠は、それぞれ微妙に異なり、生物学的には違う区分に分類されるらしい。大袈裟に言えば、蝙蝠の種類は洞窟の数だけあることになる。蝙蝠の種類は1,000種に及び、何と哺乳類の種類の1/4を占める。
 蝙蝠は、洞窟の内外を一般に往来する、ほとんど唯一の生物である。夕方になると、彼らは群れを成し、餌を求めて洞窟から出てくる。細い洞窟口から溢れ出る蝙蝠の様子は、離れてみると雲霞のように見える。少し神話的想像を働かせると、それはうごめく一個の長大な生物に見える。事実、ある種の条件を備えた洞窟のある土地には、決まって龍の伝説があると言う。西洋でも、蝙蝠の群れをドラゴンフライと言う。