幽体の知覚

 森美術館小谷元彦 幽体の知覚」展を観る。


 今回、東京で観たもののうちで、最も正統な作品展という感じがする。明確な問題意識、確かな技術力に裏打ちされた、質、量ともに並々ならぬ作品群が、その正統性を生み出している。
 現代美術の体験としては、最良のものの一つではないかと思う。


 雑誌『美術の窓』によると、森美術館は、2009年、アイ・ウェイウェイ展で46万人、チャロー・インディア展で39万人を集めたという。これは現代美術の展覧会としては異例中の異例の数字であり、同館は、アート・ファンの範囲を超えて、多くの人に「現代美術の体験」を提供してきている。(ちなみに「高嶺格 とおくてよくみえない」展の目標集客数は3万人程度、東京オペラシティ・アートギャラリーの通常の集客が2万人前後だそうだ。)
 森美術館が、このように多くの人を集めるのは、同館が六本木ヒルズという一大商業施設の中に位置し、さらに下階の展望台と入場チケットが共通であるというのが大きな要因だろう。実際、森美術館に行くと、現代美術の展覧会ではあまり見かけない、家族連れや年輩の方々を多く見かける。彼らが、それぞれの興味に応じて、小谷元彦のウェルメイドな作品に触れることは、下手な文化施策の何倍も意義があるのではないかと思う。


 ここで、付言しておくと、僕は正統な作品展が必ずしもよいとは思わない。その正統性のうちには、既定のアート・ワールドの文法が滲むことだろうし、もしかすると、どこかの広告代理店が期待するような、“クールでスタイリッシュ”なプレゼンテーションが挟み込まれてしまうかも知れない。
 小谷の作品群からは、美術業界のマナーに忠実な、ある種の生真面目さが感じられる。キリキリとした工芸的洗練とともに訳の分からぬ破綻をも見てみたいという我儘に、小谷の生真面目さは応え切れていないように思う。もちろんそれはない物ねだりであり、破綻がないという論難は言いがかりにしか過ぎぬのではあるが。


 MORI ART MUSEUM [小谷元彦展 幽体の知覚 Odani Motohiko - Phantom Limb -]


 公開セッション「日本、現代美術の開催」に参加。
 横浜美術館高嶺格」展、東京オペラシティ・アートギャラリー「曽根裕」展、森美術館小谷元彦」展が同時期に開催されるのを機に、3館の学芸員が集まって行われる。