美術館・動物園・精神科施設
白川昌生『美術館・動物園・精神科施設』読了。
「根源的な破壊と死、そして苦しみ」にみちたこの世界にあって、アーティストのなし得ることは何か?美術館、動物園、精神科施設の内外において「見せ物」にする/されるという関係における「倫理」とは何か?エランベルジェと中井久夫の彼方へ向けて、今日の「美術」と「美術館」を考える。
全く売れそうにないタイトルだが、少なくとも美術に興味のある方は必読。
著者は、群馬県・前橋市で活動する美術作家。在野の美術史家であり批評家でもある。
ドイツから帰国後、前橋市で「場所・群馬」というプロジェクトを行っている。「暮らしやすい美術」をコンセプトに掲げ、場所の特性、歴史、記憶などに注目して様々な活動を行っている。
http://www.basho-gunma.com/index.html
本書の、主要な論点を一つ挙げるならば、「職業としてのアーティスト」と「生き方としてのアーティスト(技能実践家としてのアーティスト)」との対比になるであろう。
「職業としてのアーティスト」は、近代資本主義と並行して成立した近代芸術の延長上で思考・活動しているアーティストである、と取り敢えずまとめられる。ネグリが言うところの、「資本主義の指令を甘受する」者である。新しい芸術作品が、新しい市場・生活感覚を生み出すということの全面的な肯定、その上で生み出される美術作品は、商品として<帝国>の内部に取り込まれる。
一方、「生き方としてのアーティスト」は、ありふれた活動によって日々のスタイルを支持、維持し、社会形成のダイナミズムをより深いところから活性化させるアーティストである。それは、ホームレス支援活動のビラを作る人、無人化した商店街でアート・カフェを営む人、北方少数民族資料館の人たちなど、広義のアクティビストをも含みこんだものとして観念される。
白川は、このような区別を挙げつつ、しかし、ギャラリーや美術館が市場の中に組み込まれているのならば、アーティストはどこで発表すればいいのか。作品を売らないのならば、アーティストはどうやって食べて、活動していけばよいのか、と自問する。
さらに彼は、現在の美術の状況においては、その社会的承認、価値決定は既存の芸術制度、市場に深く依存している、とも指摘する。芸術業界のグローバルなネットワーク化、数々の国際展、アーティスト・イン・レジデンス、国際的なアート・フェアの進行とともに、このことは一層スタンダード化され、制度の強化が図られている。
このような指摘は、文化政策を考える上で、常に問題になることである。
たとえば、京都市で実施予定の「若手芸術家等の居住・制作・発表の場作り」という事業を検討するとき、上記のことはたちまち大きな課題になる。
若手芸術家を育成するとして、この事業に参加するアーティストの中から、世界中の美術館を飛び回るスターを輩出するのがよいことなのだろうか。
京都どころか日本に現代美術の市場はないに等しいが、そのことを、この施策ではどう考えるべきなのだろう。無思慮に事業を実施するとき、「市場はないけれど作品を作れ。事業に参加したその後のことは感知しないが、まあ頑張って食べていけ」という残酷なメッセージを、行政から発することになってしまうのではないだろうか。
もし、白川が言うところの「技能実践家としてのアーティスト」をこの事業で呼び込むのならば、果たしてそれはどのように為され得るのだろう。
京都市では、国際展もやったことがあるし、アーティスト・イン・レジデンスも実施している。それらは、単に<帝国>の領土を拡大しているだけなのだろうか。(そもそも行政は、そのように領土を拡大することしかできないのだろうか。)
また本書の示す問題は、村上隆や0000の先鋭的な活動を考えるときにも無視することはできない。
彼らは文字通りベンチャー企業の社長なわけだが、その旺盛な企業家精神(バイタリティ、実効性の追求、ドライさ…)の上で語られる“アート”は、白川に言わせれば、「職業としてのアーティスト」の問題意識を凝縮させたものということになるだろう。たとえば0000の谷口氏は「端的に言えば数が重要なんです。多くの人を動員しなければ意味がない」と言い放つ。これは<帝国>の優秀な司令官の言葉のように聞こえる。
一方で、彼らには「技能実践家としてのアーティスト」としての側面もあるように思う。彼らの活動の最初には、現状の閉塞感に対する怒りがあったのだし、彼らは、ある部分では、自分たちのライフを無償で贈与しようとしているのだから。
あなたたちは「生き方としてのアーティスト」についてどう考えるか、という問いは、どことなく実存的な湿り気を感じさせる。彼らのドライさはこのような問題を、「寝る前にちょっとだけ一人で考えること」として退けるかもしれないが、しかし事はそれほど単純ではない。また機会があれば聞いてみたいと思う。
- 作者: 白川昌生
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