かぶき入門

 郡司正勝『かぶき入門』読了。


 歌舞伎の美と力、その魅力を解明した碩学による名著。現代演劇との比較を通して歌舞伎の本質をとらえ、古代、中世の芸能など前史にも触れながらがら阿国歌舞伎から江戸の全盛期を経て近代に至るまでの歴史を叙述。劇場の構造、観客と批評、役柄、作劇術、セリフ、音楽と舞踊、衣裳・かつら・化粧、舞台・道具・照明などについて解説し、歌舞伎の社会性を論ずる。


 先に、何もする時間がないと書いたが、通勤の僅かな合間に本を読むことはできる。


 解説には「著者は明快な文章を書かなかった。…いわば悪文である。…著者独特の文体と呼吸があって、これを好む読者もいれば、随所に現れるその晦渋さに、はねつけられた思いがする読者もいるに違いない」とある。まあそうであるかも知れない。
 僕は、するすると文を読んだのだから、どうやらこれを好む側であったようだ。
 明快にものを言うことなど、何と詰まらぬ、味気のないことであろうと僕は常から感じている。呼吸の感ぜられぬ文章など、本当は書きたくないのである。全てを露わに言うようなことはしたくないのである。


 悪文と言えば、大学の頃、講義に関係して、メルロ・ポンティの『眼と精神』を手に取ったことがある。十八の僕には、あまりに難渋不可解で、吐き気がしたことを思い出す。論理的な複雑さもあったのであろうが、それ以上に、訳出にも問題があったと記憶している。思い出すだけでムカムカするが、今読めば案外飲み込めるのかも知れない。
 

かぶき入門 (岩波現代文庫)

かぶき入門 (岩波現代文庫)