シンガポール・レポート1




2017年1月5日(木)〜9日(月)、シンガポールへ、アートを観に行ってきた。



最大の目的は、シンガポールビエンナーレ2016。



シンガポールビエンナーレ2016]
会期:2016年10月27日〜2017年2月26日
会場:シンガポール美術館(Singapore Art Museum)
   SAM at 8Q ※シンガポール美術館の別館
   ほか、シンガポール国立博物館(National Museum of Singapore)など、市内数ヶ所に数点の作品が点在
https://www.singaporebiennale.org/



シンガポール美術館(Singapore Art Museum)]
住所: 71 Bras Basah Road, Singapore 189555
開館時間: 月〜日:10:00〜19:00 ※金は21:00まで開館
https://www.singaporeartmuseum.sg/


シンガポールビエンナーレは、2006年、シンガポール現代アートの国際的なプラットフォームを築くために開始された。
2006年、2008年は、ナショナル・アーツ・カウンシル(NAC)が主催し、南條史生がアーティスティック・ディレクターを務めたが、2011年、2013年、そして今回の2016年は(NACから委託され)シンガポール美術館が主催している。



シンガポールビエンナーレ2016のテーマは「An Atlas of Mirrors」。(日本では「鏡の中のアジア」とか「鏡の地図」などと訳されている。)(Atlasは、ギリシア神話の神で、両腕と頭で天を支えるとされる。地図をアトラスと呼ぶのは、メルカトルが地図帳の表紙にこの神を描いたことに由来する。)
地図は外界を俯瞰的に把握するのに役立つだろう。鏡は自己の外見(や時に内面)を映し出すことができる。シンガポールやアジアの複雑な歴史と現状を示唆しつつ、ビエンナーレの道具立てとしては融通の利く、便利なテーマだろう。
さらにテーマの下に、いわば章立てのように、「An Everywhere of Mirrorings」、「An Endlessness of Beginnings」、「A Presence of Pasts」など、九つのサブ・テーマ(コンセプチュアル・ゾーン)が設定されている。
アジア19ヵ国から63のアーティストが招かれており、作品はほとんどが新作だそうだ。
クリエイティブ・ディレクターは、シンガポール美術館館長のSusie Lingham。




シンガポール美術館正面の外観。
同館は、東南アジア、アジア地域における現代アートに焦点を当てつつ、世界的視野を備えた美術館。1996年1月開館。
元々は、1855年に設立されたセント・ヨセフ学校というラ・サール会系列の男子校だそうで、現在は国定史跡になっている。



シンガポール美術館の状況については、少し古いが、以下のチェ・キョンファ(崔敬華)さんへのインタビューが詳しい。
http://www2a.biglobe.ne.jp/~yamaiku/honhon/biyori/bshimizu1.htm



Hemali Bhutaの≪Growing≫。
線香を連ねて構成されていて、部屋に入る前からかなり強い匂いを感じる。
奥行きがあり、作品の前を左右に移動しながら見ると、色彩の微妙な遷移を見ることができる。
瞑想的なライティングも相俟って、どこか水墨画も連想される。




Titarubiの≪History Repeats Itself≫。
服(というか虚ろの輪郭)を形作る金色の粒は、ナツメグに金を貼ったもの。かつて香辛料が金よりも高価で、ガレー船(囚人や捕虜たち)によって運ばれたこと、支配や植民の歴史に言及していると思う。
よく見ると船が焦げていて、凄惨な争乱も想起させる。
“歴史は繰り返す”というからには、香辛料に象徴される支配や争いの歴史に、現状の世界をなぞらえるという意図もあるのだろう。




Pannaphan Yodmaneeの≪Aftermath≫。

剥がれたコンクリートと鉄骨の瓦礫、石積みのレンガ。



今回のシンガポールビエンナーレでは、“既成概念に捉われず、実験・開拓精神に富むアーティスト1組”に「ベネッセ賞」が贈られることになっており、1月12日に、Pannaphan Yodmanee(パナパン・ヨドマニー)の受賞が発表された。
同賞は、前回(第10回)まで、ヴェネチア・ビエンナーレの参加アーティストに贈られてきたが、今回、初めてアジア圏が舞台となった。
過去の受賞者として、オラファー・エリアソン、ジャネット・カーディフ&ジョージ・ビュレス・ミラー、リクリット・ティラヴァーニャらが名を連ねており、受賞者にはベネッセアートサイト直島での作品制作の機会と賞金300万円が授与される。
http://benesse-artsite.jp/contact/press/archive.html



ベネッセのプレスリリースによると、ヨドマニーは「仏教の教えと人々の生活の関連性についての作品を制作。自然に存在する素材と現代のファウンド・オブジェ、タイの伝統的デザインやモチーフを用い喪失、苦しみ、破壊、生と死の輪廻のサイクルなどの普遍的なテーマをとり込んでいる。」のだそうだ。




Qiu Zhijieの≪One has to Wander through All the Outer Worlds to Reach the Innermost Shrine at the End≫。

世界中の神話や、国家、現実の地理上の紛争などをごたまぜにして、1枚の壮大な地図に仕立てた作品。
神話に現れる動物類をガラスで象った像も配置されているが、圧倒的に地図が面白い。
例えば、「幽霊群島」として括られた部分では、「Sandy Island」の名前が見て取れる。オーストラリア沖の南太平洋上にあるとされ、長らく地図にも記載されていた島だが、2012年の現地調査によって存在しないことが分かった(!)。この種の“幻の島”は世界中に存在していて、それらが「幽霊群島」として描かれているのだ。
ほかにも巨人伝説を集めた島や、尖閣諸島など、空想が大いに刺激される。「最後に内奥の社に達するには、人は外界を彷徨せねばならぬ」。



≪One has to Wander through All the Outer Worlds to Reach the Innermost Shrine at the End≫(部分)。
ここに描かれているのは、マカラ(Makara)という怪獣だそうで、南アジア、東南アジアではメジャーなのだそうだ。
調べてみると、元はインド神話に登場する怪魚で、象のような鼻、とぐろ巻く尾を持ち、水を操るとのこと。
(ちなみに、Tan Zi Haoの≪The Skeleton of Makara (The Myth of a Myth)≫も、このマカラをモチーフにしている。)
恐らく同種のものは世界中にいる。日本の鯱(しゃちほこ)も同類のものだと思うが、インド、シンガポールを経由して、日本にも想像の型が伝播したのだろう。




Ni Youyuの≪Atlas≫。




SAM at 8Q正面の外観。
シンガポール美術館の、通り(Queen Street)を1本挟んですぐ裏手に位置する。




SAM at 8Qのエントランス。




竹川宣彰の≪Sugoroku - Anxiety of Falling from History≫。
あいちトリエンナーレ2016にも出品された版画を含むインスタレーション




Ade Darmawanの≪Singapore Human Resources Institute≫。

シンガポールインドネシアのリサイクルショップから集められたもので構成されたインスタレーションシンガポール人材養成機関。
シンガポールという国(の民)の願望と、50年にわたる価値観の変移を感じる。



Adeela Sulemanの≪Dread of Not Night 4≫。




Subodh Guptaの≪Cooking the World≫。
シンガポール国立博物館に展示。




Marine Kyの≪Setting Off≫。
プラナカン博物館に展示。