京都大学の立て看板と「京都市屋外広告物等に関する条例」について

 京都大学の立て看板が、景観条例違反で京都市から指導を受けたという記事が一部で話題になっている。
 http://www.huffingtonpost.jp/2017/11/25/kyoto-university_a_23288103/


 記事には、「京大関係者によると、市の指摘を受け、大学は11月中旬、対策案を学内に示した。設置場所は大学構内を中心にし、設置できるのは公認団体に限定。大きさや設置期間の基準をつくるといった内容だ」とあり、既に市と大学とで意見交換がなされ、対策の検討が進められていることが伺われる。
 私は担当課の考えの詳細を把握しないので全く見当違いのことになるかも知れないが、また、既に今更のことであるとは思うが、思考実験として条例の解釈を試みたい。


 なお、本件で問題になっているのは、一義的には、「景観」の問題ではないということは最初に記しておきたい。
 今回の行政の指導は「立て看板が景観を破壊するからこれを撤去せよ」というある種の価値判断を伴うものではない。記事を見る限り、「京都市市街地景観整備条例」や「京都市風致地区条例」が問題になっているようでもない。あくまで「市の屋外広告物等に関する条例」に反していることが問題になっているのであり、技術的、機械的な話だ。ひとまずは、京大の立て看板が、「景観」を構成するものかどうかは、行政の関心の埒外のことである。
 何が「価値ある景観」なのかは、政治的な議論を伴うべきより大きな問題である。(もちろん行政もその議論について責任の一端を持ち、見識を示すことは求められるのだが。)

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1 原則
  まず、京都市の屋外広告物掲出に関して、一般にどのような規制があるのか、原則を明らかにする。


(1)許可の必要性
   京都市では、市内全域が屋外広告物規制区域(一部は禁止区域)に指定されており、京都市屋外広告物等に関する条例第9条第1項により、屋外広告物を表示しようとする者は、市長の許可を受けなければならない。


(2)許可の基準
   許可を受ける際の基準については、市域が細分されてそれぞれ第一種、第二種などと「区域」指定されており、内容が異なっている。
   「京都大学」と一口に言っても、複数の区域にまたがり、規制内容は一様ではない。ここでは、最も代表的な例として、百万遍交差点の南東角及び、当該角から東大路通の東側歩道を南下する箇所を見る。
   まず、百万遍交差の東南角は「沿道型2種地域」に指定されている。
   当該地域では、独立型屋外広告物等(立て看板・のぼり)は、例えば、次のような規制がある。
    ・区画内で表示する屋外広告物等の総面積は15平米まで
    ・最上部の高さは2mまで
    ・表示面1面当たりの面積は2平米まで
    ・色彩については、マンセル値の彩度がR、YRは6、Yは4、その他の色相では2を超える色が表示面の20%未満であること。
   次に、百万遍交差点の東南角から東大路通の東側歩道を南下する箇所は、「第2種地域」に指定されている。
   当該地域でも、独立型屋外広告物等(立て看板・のぼり)は、概ね同じような内容の規制があるが、例えば、区画内で表示する屋外広告物等の総面積は5平米など、多少厳しい内容となっている。


(3)許可の手続
   許可の申請には、屋外広告物許可申請書、個票、付近見取図、配置図〈平面図〉、立面図、意匠図の添付が必要である。
   申請手数料は、ポスター、のぼりその他の軽易な屋外広告物(立て看板を含む。)については1個当たり300円である。


  以上が一般的な規制ということになる。
  基準に合致するよう配慮し1件ずつ許可を得れば立て看板を掲出できないわけではないが、立て看板を制作・掲出する学生に手続を逐一徹底することは、事実上かなり難しいだろう。
  また、立て看板を制作する学生(部・サークル)は多数に上るが、それらを逐一、大学が把握し、取りまとめるなどすることも、やはり困難を伴うと思われる。
  仮に行政が、原則に沿って許可の必要性を言い募れば、大学としては、立て看板の掲出禁止など抜本的な措置を迫られることになるだろう。結果として、立て看板が並ぶ現況は、まさに政策の意図するとおり、一掃されると考える。


2 例外
  多くの法規には、規定し切れないことや立法時に想定できないこと、社会情勢の変動等に弾力的に対応できるよう、例外規定が設けられている。
  京都市屋外広告物等に関する条例についても、第9条第1項但書の各号において、許可を要しない場合が定められている。
  詳細に検討する。
  なお、許可を要する場合であっても、第11条第3項によって、基準を満たさずとも特例的に許可される場合が定められている。


(1)例外の詳細
   「京都市屋外広告物等に関する条例」では、屋外広告物設置の許可について第9条で定めている。少し長くなるが以下に引用する。



(屋外広告物の表示等の許可)
第9条 屋外広告物規制区域内において、屋外広告物を表示し、又は掲出物件を設置しようとする者は、市長の許可を受けなければならない。ただし、次の各号に掲げる屋外広告物及びその掲出物件については、この限りでない。
 ⑴ 第6条第2項第1号から第3号までに掲げる屋外広告物
 ⑵ 次に掲げる基準に適合している管理用屋外広告物
  ア 面積が0.3平方メートル以下であること。
  イ 区画内において表示する管理用屋外広告物にあっては、当該区画内に存する管理用屋外広告物(歴史的意匠屋外広告物又は優良意匠屋外広告物であるものを除く。)の面積の合計が2平方メートルを超えないこと。
 ⑶ 区画内において表示する自家用屋外広告物 (次号に掲げる自家用屋外広告物を除く。)で、当該区画内に存する自家用屋外広告物(次号に掲げる自家用屋外広告又は歴史的意匠屋外広告物若しくは優良意匠屋外広告物であるものを除く。)の面積の合計が2平方メートルを超えないもの
 ⑷ ポスター、のぼりその他の自家用屋外広告物で別に定めるもの
 ⑸ 団体(営利を目的とするものを除く。)又は個人が政治活動、労働組合活動、人権擁護活動、宗教活動その他の活動(営利を目的とするものを除く。)のために表示する屋外広告物で、第11条第1項各号(第6号を除く。)に掲げる基準に適合しているもの



   ここで、京都大学の、各部・サークル等が制作し掲出する立て看板は、管理用屋外広告物や自家用屋外広告物に当たるとは考えにくく、仮に第9条但書に相当するとすれば、第1号又は第5号のいずれかである。


 <第1号の検討>
  第9条第1号の「第6条第2項第1号から第3号までに掲げる屋外広告物」とは,以下の三つである。
  ⑴ 法定屋外広告物
  ⑵ 国若しくは地方公共団体の機関又は別に定める公共的団体が公共の目的のために表示する屋外広告物及び国又は地方公共団体の機関の指導に基づき表示する屋外広告物でその表示の公益性が高いもののうち市長が指定するもの
  ⑶ 工事、祭礼又は慣例的行事のために表示する屋外広告物で、表示する期間をその物に明記するもの(当該期間内にあるものに限る。)
  まず、当該立て看板は、法定屋外広告物ではないので⑴には相当しない。
  次に、京都大学国立大学法人であり、上記⑵の「別に定める公共的団体」(京都市屋外広告物等に関する条例施行規則第8条に規定)に相当する。が、当該立て看板は、公共目的ではなく、国又は地方公共団体の機関の指導に基づくものでもないので、全体としては⑵には相当しない。
  しかしながら、当該立て看板は、工事や祭礼のために表示するものでこそないが、一部のもの(11月祭や、新入生の入部勧誘のためのものなど)は慣例的行事のために表示する屋外広告物と言える余地があると思われる。


 <第5号の検討>
  当該立て看板は、非営利の任意団体である各部・サークルが、非営利の活動のために表示する屋外広告物であり、該当すると言える余地があると思われる。


  ここで、当該立て看板は、第9条但書第1号の3又は同第5号に該当する可能性があるとしたが、これ以上は法令には明記されておらず、基本的には、行政の裁量の範疇ということになる。
  この時、第1号の3の「慣例的行事」の解釈に当たっては、直接的には関係がないものの「京都市屋外広告物等に関する条例第11条第3項に基づく特例許可に関するガイドライン」が参考になる。
  前述のとおり、第9条但書は、そもそも許可を要しない場合を定めたものであるが、仮に許可を要するとしても、基準を緩和し特例的に許可できる場合があり、条例第11条第3項がこれを定めている。同項に関連して、できるだけ恣意的な運用を回避するため、「ガイドライン」が定められており、以下のような記述がある。



3 基準
(中略)
 ⑵ その表示が公益,慣例その他の理由によりやむを得ないもので,景観上支障がないと認められる屋外広告物の基準は次のとおり。
  ア その表示が公益,慣例その他の理由によりやむを得ないものとは,次に掲げるものをいう。
  (ア)鉄道その他の公共,公益上必要な施設で,その機能の確保を図るうえで必要なもの。
  (イ)その表示が歴史や文化を体現しているもの。
  (ウ)その他基準に適合させることによって,公共の利益を著しく害するおそれのあるもの。



  3⑵ア(イ)に「その表示が歴史や文化を体現しているもの」という記述があるのが注目される。これが明文化された判断基準の最後の砦である。ここから先、何が「歴史や文化を体現」すると言えるのかは、初めは担当行政官の、そして究極的には、議会や司法というシステムを通して、市民、国民の判断に委ねられることになるのである。


3 中間的な結論


  ・京都大学周辺で立て看板を立てるには許可が必要
  ・許可基準は、高さ2mまで、面積2平米まで、彩度の高い赤や黄色などは使用不可、など
  ・申請には、各種図面類の添付が必要で、手数料が300円かかる。
  ⇒煩雑さ、取りまとめの難しさなどから、大学当局が原則禁止するのではないか。


  ・例外的に、「慣例的行事のために表示する屋外広告物」と言える場合は許可不要
  ・例外的に、「非営利団体が(政治、労働組合、人権擁護、宗教)その他の非営利活動のために表示する屋外広告物」と言える場合は許可不要
  ・上記に該当すると言えるかどうかは、社会通念に照らしつつ、京都市の担当課が判断
  ・「慣例性」については、「その表示が歴史や文化を体現しているもの」と言えるかどうかが要件に関与すると考えられる。


  ここまでの議論で、ひとまず以上のような結論を得ることができる。
  私が同様の事態に直面すれば、まずは「慣例」の要件や、「その他の非営利活動」の内実を担当課に確認し、議論・調整するであろう。
  本件がどのような解決を見るか、今しばし推移に注目したい。